2007年12月29日

慢心

H15年9月。
1次受験対策3年目となった熱血感動型は、前年と同じTAC池袋校で、
前年と同じ1.2次ストレートコースを申し込みました。

この頃は、仕事もさらに充実してきており、
週2回の平日夜に行われる講座は、確実に通える状況でありました。

この頃、私は受験対策3年目ということで、合格に対し根拠の無い自信がありました。

講師の沢田先生はフレンドリーな方でした。
平日夜クラスは人数も少なく、クラスの雰囲気もフレンドリーでした。

沢田先生は何度か飲み会を開いてくださり、
クラスの結束も強まりました。

さて、前年に勉強仲間になったAさんとは、
お付き合いが継続しておりました。

そのAさんが「さるさる日記」を書いていることを知り、
私もつけてみることにしました。

そんな中、ある人に
「お前、そんなに勉強頑張ってどうするんだ?星飛雄馬じゃないんだから」
と言われたことがありました。

私は、
「星飛雄馬=熱血感動型な人」
というイメージがあったので、
さるさる日記では「熱血感動型」と名乗ることにしました。

翌年4月、ブログというものを知り、ブログデビューをしました。
もちろん、Aさんは私に先駆けてブログデビューをしていました。

当時は502教室が立ち上がったばかりで、私もリンクしてもらいました。それでも502教室のリンク先はkokさん、RASSYさん、Aさん、私の4つでした。

また、この頃に私はコーチを雇いました。

さて、さすがに3年目ともなるとTACの講義は結構、理解できました。
前年のようにサブノートを作ることは止め、カードを作りました。
過去問も解くようにしました。
財務の問題は毎日解きました。
科目ごとの「基礎答練」では常にクラスの上位に位置していました。
模擬試験では全国で上位11%の位置につけました。

2次試験はともかく、1次試験の合格は盤石だと思っていました。
周囲もそう思っていたはずです。

しかし、1次本試験では6割に届きませんでした。
このときのショックは大きかったです。

今だから、見えてきたことですが、
当時の私は危機感が欠如し、慢心がありました。

だから、この年の不合格は診断士になるために
大きな意味がありました。

診断士の試験は、
範囲が広大で、深い理解が求めれれる試験です。
見たことも聞いたこともない問題が出ます。
2日間を乗り切る体力も必要です。
新規に参入する受験生には実力者がゴロゴロしています。

そんな事実も、答練や模試の成績が吹き飛ばしていました。
なぜ、いい成績をとれたのか?と真因を追求していませんでした。

よく「追うものの強み」と言いますが、
私は合格を追っておらず、慢心の上にあぐらをかいていました。





posted by 熱血感動型 at 18:49| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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