2008年03月30日

何故

 来月早々に行われる、社内の管理者研修講師を依頼されました。直近では、11月、12月に続く3度目となります。自分の職場の実績と結びつかないので評価も変わらないし、給料も変わらず、研修準備に追われているのですが、やり甲斐を感じています。

 今までの私の講義は、文章が多かったので、今回は視覚に訴えるビジュアルな資料を作っている最中です。これも診断士に登録するための実務補習で、プレゼン資料作成業務を行い、チームメンバーから資料作成について色々学ばせてもらったことが活きていると思います。

 今回の社内研修テーマは自由ということでしたので、コーチングをテーマにすることにしました。受験生時代、合格のためにコーチを雇っていましたが、コーチからは受験対策のみならず、コーチングのスキルも学びました。おそらく、診断士を目指していなければコーチを雇うこともなかったでしょうから、診断士の受験は私にとって様々なプラスの影響をもたらしてくれたと思います。

 私がコーチからいただいたアドバイスのうち、非常に強く記憶に残っているものに、「なぜ、という台詞は他人ではなく自分に向けるものですよ」があります。

 このアドバイスに基づき、自分によく向けていた「なぜ」は、「自分はなぜこのような解答を書いたのか」と「作問者はなぜこの文章を与件に入れたのか」でした。

 ドラゴン桜第5巻44限目で以下のアドバイスがあります。
 「正しく読む能力を身につけるには、常になぜという疑問を持つこと。正しく読むということは筆者との心のキャッチボールなのです」

 私の場合、なぜこの文章が与件にあるのか、を問い続けながら与件を読んでいくと、解答が見えてくる、なんていうことはありませんでした。作問者の意図を明確に把握できたことも無かった気がします。ただ、この「問い」は作問者の意図を探ることだと気づいたあたりから、事例を解くことが億劫ではなくなりました。面白さに気づいたのでしょうか。

 勉強が楽しくなればしめたもの、ですよね。いえ、勉強が楽しいなんて誰でも言えるんです。本当に楽しくなければ意味がないと思います。

 そういう意味ではブログは諸刃の剣で、思っていないことでもそれなりに発信できてしまいます。そして発信した情報が自分の中で事実だと思えてしまうことがあります。このことは気をつけなければいけないと思います。

 「最近勉強が楽しくなってきた」とブログで情報発信したとして、それが本当なのか、気のせいなのかは自分しか分かりません。もし、本当に楽しいと感じているならば、なぜ楽しくなったのか、を問うてみる必要があると思いますがいかがでしょうか。


posted by 熱血感動型 at 14:35| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラゴン桜に学ぶ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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