ここ一週間かけて、ようやく心の整理ができたので、この記事を書きます。
先日発生した、秋葉原での無差別殺傷事件。
犯人は、私と同じ青森高校の卒業生でした。高校だけじゃなく、中学も同じでした。
中学までは成績がTOPクラスのエリートだったそうですが、
高校ではかなり成績が下がったということで、
彼にとって、はじめての挫折だったそうです。
その後、短大を経由して、さまざまな職を転々とします。
「今の自分は本当の自分ではない」と感じていたことでしょう。
彼の携帯電話からのさまざまな書き込みから、
プライドと孤独が滲み出ている、とTVで誰かが言っていました。
そう、青高生は地元では「神童」と呼ばれる子供の集まりです。
幼少の頃からちやほやされてきた青高生に共通するのは「プライド」。
ところが、いざ社会に出てみると、
そんなプライドは何の役にも立たないことを痛感するんです。
プライドにしがみつき、孤独を深めていく構図。
過去にこだわり、未来に視点が向かない。
この状況、私も経験しましたが、かなり辛いんですよね。
いえ、加藤容疑者を擁護するつもりは一切ありません。
許されないことをしたのですから。
ただ、何故そんな許されないことをしたのか、と考えたときに、
彼の気持ちを断片的にですが、理解することができます。
それは青高生だけではなく、
かつて「神童」と呼ばれ、進学校を卒業しながらも、
その後、普通以下と感じる人生を送った人ならば、
思うところがあるのではないでしょうか。
過去の出来事はどんなに考えても変えることはできません。
過去に折り合いをつけ、自身の未来を変えていこう、と決心するチャンスを
彼はつかむことができなかった。探さなかった。
彼が手にするべきものは、ナイフや携帯電話ではなく、チャンスだったのに。
個人的見解ですが、このチャンスは同じ境遇の人に満遍なく与えられると思います。
「人生の再構築」。私が診断士を目指した真の理由です。
亡くなられた方のご冥福を心からお祈り申し上げます。
2008年06月14日
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